パリ、オートクチュールの世界に飛び込み、それから...
パリで刺繍のしごとに就き、2020年でちょうど10年になります。 運よくシャネルの傘下の会社でキャリアをスタートさせました。
最初は針すらにぎらせてもらえない仕事からはじまり、2013年以降になるといつのまにかシーズン前には、別のメゾンからもお声がかかるようになりました。
これまでに関わったメゾン:シャネル、ジバンシー、サンローラン、トッズ、マークジェイコブス、ディオール、ジャン=ポール・ゴルチエ、セリーヌ、ブルガリなど。
珍しい体験をいろいろとさせて頂くこともあります:
- 日本里帰り中、コンビニで目についたVOGUEの表紙。なにか見覚えがあるぞ・・・と思ったら、着用しているジャケットがパリのアトリエで刺繍をしたものだった。
- あるハリウッド女優のためのアカデミー授賞式用ドレス。自分が製作チームに混じって仕上げたもので、自宅のTVからも観覧。
その晩、主演女優賞に選ばれたのは、なんとあのドレスを着た女優さんだった。
ほかにもごくごく稀ですが、ショーをこの目で見る機会にも恵まれます。自分たちが精魂込めて手掛けた一着を着て歩くモデル。スポットライトに当たったモデルが目の前を横切る一瞬は、それまでのどんな苦労も吹き飛ぶ魔法のような瞬間です。
仕事自体は大変地味なことをしているだけなのですが、それでも"華やかな舞台を裏で支えている"と手応えを感じられる場面が、このように多くあります。それはそれでやりがいを感じ、この職業に就いている醍醐味とも言えますが、経験を積むようになるうちに職人にとってより大切なことが実はあるような気がしています。
それは「働きつづける」ことです。
今はファストファッションか高級志向か、ファッション産業の二極化が目立つ時代。
職人はというと、質は絶対に落とさず、スピードがより求められるように。なぜなら生き残るために高級ラインのメゾンでも、コストをますます減らす傾向になってきているからです。
働きつづけて技術やスピードを落とさないこと。しかしそのチャンスに恵まれることが、実はなかなかむずかしいのです。
2020年はとくに、Covid-19による影響でモード界にも大変な荒波が押し寄せてきました。 ただでさえ時代は、手作業で作られたものを買わなくとも困らない時代ですから、この職種がかんたんに生き残れるわけでないことはあきらかです。
ファッションは確かに最低限の生活を求めるならば、二の次にできる分野ではあります。しかしファッションは文化です。いつの時代でも人々が文化を生み出し、生活に彩りを添えて生きてきました。その文化を豊かに盛り上げていくことが職人の務めであります。
この先の10年、20年と、パリのARTISAN(アルティザン)たちの未来がいつまでも明るいことを祈って、今できる努力をしていきたいと思います。