職人人生、駆け出しの様子
駆け出しのころ(アトリエ ルサージュにて)

パリ、オートクチュールの世界に飛び込み、それから...

 パリで刺繍のしごとに就き、10年以上が経ちました。 

下積み時代に、運よくシャネルの傘下の会社から声が掛かり、キャリアをスタートさせ、そして今に至ります。

 最初は針すらにぎらせてもらえない小さな仕事からはじまり、そのうちにファッションウイーク前になると、複数のメゾンからもお声がかかるようになりました。

 これまでに関わったメゾン:シャネル、ジバンシー、サンローラン、トッズ、マークジェイコブス、ディオール、ジャン=ポール・ゴルチエ、セリーヌ、ブルガリなど。ありがたいことに、忙しさで時には自分を見失うほどに仕事をさせてもらってきました。

ランウェイの実際の写真

 

 そんな中で、珍しい体験をいろいろとさせて頂くこともあります:

 

- 日本里帰り中、コンビニで目についたVOGUEの表紙。なにか見覚えがあるぞ・・・と思ったら、着用しているジャケットがパリのアトリエで刺繍をしたものだった。

  

 - あるハリウッド女優のためのアカデミー授賞式用ドレス。自分が製作チームに混じって仕上げたもので、自宅のTVからも観覧。

その晩、主演女優賞に選ばれたのは、なんとあのドレスを着た女優さんだった。

 

ほかにもごくごく稀ですが、ショーをこの目で見る機会にも恵まれます。自分たちが精魂込めて手掛けた一着を着て歩くモデルたち。スポットライトに当たったモデルが目の前を横切る一瞬は、それまでのどんな苦労も吹き飛ぶ魔法のような瞬間です。

 仕事自体は大変地味なことをしているだけなのですが、それでも"華やかな舞台を裏で支えている"と手応えを感じられる場面が、このように多くあります。それはそれでやりがいを感じ、この職業に就いている醍醐味とも言えるでしょう。

しかし経験を積むようになるうちに、職人にとってより大切なことが実はあるような気がしています。

それは「働きつづける」ことです。

  今はファストファッション高級志向か、ファッション産業の二極化が目立つ時代。

  職人はというと、は絶対に落とさず、スピードがより求められるように。なぜなら生き残るために高級ラインのメゾンでも、コストをますます減らす傾向になってきているからです。

 働きつづけて技術やスピードを落とさないこと。しかもそのチャンスに恵まれることが、実はなかなかむずかしいのです。

2020年からは、Covid-19による影響でモード界にも大変な荒波が押し寄せてきたかのように思われましたが、ラグジュアリーメゾンは引き続きその威厳を失うことなく、カタチを変えてコレクションを発表しています。

ところがメゾンの発展や変化はつづいても、フランスの職人の未来が保証されているのかというと、実はそうとも言えません。

 実力のない職人は今後ますます仕事が得られない、そんな時代になりつつあるのを現場で感じます。

 

 服は食住との優先順位を考えるのであれば、二の次にできる分野ではあるでしょう。

しかしファッションは文化です。いつの時代でも人々が文化を生み出し、生活に彩りを添えて生きてきました。その文化を豊かに盛り上げていくことが職人本来の務め。

 この先の10年、20年と、パリのARTISAN(アルティザン)たちの未来がいつまでも明るいことを祈って、今できる努力をしていきたいと思います。